STAIR Labでは、山梨大学との包括的連携協定のもと、同大学の発生工学・生殖補助技術の研究グループと共同で、AIを用いた顕微授精・発生工学技術の支援に取り組んでいます。
顕微授精などの生殖補助技術では、顕微鏡画像を観察しながら細胞の状態を判断し、非常に細かな操作を行う必要があります。こうした作業には高度な経験と熟練が求められます。
本共同研究では、山梨大学が蓄積してきた発生工学の高度な技術と、STAIR Labの画像認識・深層学習技術を組み合わせ、熟練者の「見る」「判断する」能力をAIで支援することを目指しています。
卵子内部の構造をリアルタイムに検出するAI
顕微授精では、受精率を高めるために卵子内部にある核や紡錘体などの重要な構造にダメージを与えないように考慮しながら操作する必要があります。しかし、これらの構造は通常の明視野顕微鏡画像では見えにくく、卵子の種類や向きによっても見え方が変化します。
本研究では、顕微鏡画像を深層学習によって解析し、卵子内部の核や紡錘体の位置をリアルタイムに推定する技術を開発しています。

将来的には、顕微授精時の操作支援や、熟練者が顕微鏡画像から行っている判断を補助するシステムへの応用を目指しています。
この研究成果の一部は、マウス卵子の紡錘体をリアルタイムに検出するAIとして発表しており、現在は異なる系統のマウスを対象とした検証など、より幅広い条件で利用できる技術へと研究を発展させています。
染色せずに円形精子細胞を見つけるAI
もう一つの研究テーマは、円形精子細胞の検出と品質判定です。
不妊治療では精子形成不全の患者に対して、精巣の中から未熟な精子(円形精子細胞)を取り出し、顕微授精により子供を産ませる技術が開発されています。精巣内にはさまざまな種類の細胞が存在し、通常の明視野顕微鏡画像だけから目的の円形精子細胞を識別することは容易ではありません。下図↓

核を染色すると判別しやすくなりますが、染色した細胞はその後の受精には利用できません。そこで本研究では、AIを学習させるための教師データを作成する段階だけで染色画像を利用し、実際の利用時には染色していない明視野画像だけから円形精子細胞を識別する深層学習モデルを開発しています。下図は検出された結果。赤、橙、黄の順で確率が高いことを示しています。

さらに、単に目的の細胞を検出するだけでなく、卵子に注入した後に胚盤胞や産仔へ発育できる可能性のある細胞をAIによって識別する研究へと発展しています。
卵子が受精したかを早期判定するAI
本研究では、短時間の媒精後に、卵子が受精したかどうかを胚画像から機械学習で予測するモデルを構築し、通常の体外受精で受精しなかった卵子に対して早期に顕微授精を行う「早期レスキューICSI」の判断を、より客観的に行えるAIシステムの開発に取り組んでいます。
構築したモデルは、経験1年未満のジュニア胚培養士より高精度で、また経験5年以上のシニア胚培養士とは同等の精度で受精の判定ができることを確認しており、実用化に向けてさらなる研究を進めています。

熟練技術をAIで支える
本共同研究の目的は、顕微授精などの操作を単純に機械へ置き換えることだけではありません。
熟練した研究者や技術者が、顕微鏡の中のどこを見て、どのような特徴から状態を判断しているのかをAIによって捉え、操作時の判断支援や技術習得の支援につなげることも重要な研究課題です。
山梨大学の発生工学・生殖補助技術とSTAIR LabのAI技術を組み合わせることで、これまで高度な経験に依存してきた技術を、より多くの研究者や技術者が利用できる形で支援することを目指しています。
研究成果
- 「産仔へ発育可能なマウス円形精子細胞を識別するAIの開発」第117回日本繁殖生物学会、2024年9月
- 「マウス卵子紡錘体をリアルタイム検出するAIの開発」Journal of Mammalian Ova Research, Vol. 42, Issue 1, 2025
- A machine learning model for predicting fertilization following short-term insemination using embryo images, Reproductive Medicine and Biology, Vol. 24, 2025
- 「AIによる胚盤胞へ発生可能なマウス円形精子細胞の識別」第43回日本受精着床学会、2025年8月
- 「B6Nマウス卵子紡錘体をリアルタイム検出するAIの開発」第67回日本卵子学会学術集会、2026年6月
- AI-based identification of mouse round spermatids capable of developing to the blastocyst or offspring after injection into oocytes, 20th International Congress on Animal Reproduction, 2026年6月
